2015年01月08日

中国の英語教育は日本の反対の方向へと舵を切っている。

日本は最近英語教育に力を入れる方向に動いていますが、他のアジアの国については、

中国や韓国とかは英語教育にもっと力を入れている

というイメージがあるのではないでしょうか。

が、そのイメージは

既に過去のものになりつつあるようです。

中国、大学入試で英語の比重下げ - 日本経済新聞

 中国が大学の入学試験での英語の比重を引き下げる方向で動き始めた。北京市は150点だった英語の配分を2016年の大学統一入試から100点に引き下げ、国語(中国語)や社会の配分を引き上げる改革案をまとめ、市民から意見募集を始めた。
 英語を多大な労力を注いで学ぶものの、社会人になってから使う機会は多くないとの指摘もある。一連の見直しは北京市が先行し、順次、各省にも広がっていく見通しだ。 (ソース

ということで、来年から中国の大学入試では英語の比重が軽くなっていき、中国語がより重視されるようになっていくようですね。

で、他のサイトとかも見てると、中国人の過半数は、

「よっしゃー!もう英語勉強しなくていいぜ!!」

とばかりに賛成しているようですが、

完全に 「愚民化」 政策ですよね。

もちろん、

中国はすごい国なんだぞ!

俺たちが英語を勉強するんじゃなくて、

そっちが俺たちの言葉を勉強しろ!!


という感じで、国民のプライドをくすぐる 「国粋主義政策」 の一環という面もあるかもしれませんが、そういうプライドを使っておいて、ついでに

情報をコントロールしやすくしよう

という狙いもある気がします。

国民の多数派が英語ができない状態であれば、情報の規制が楽ですからね。

自国発の情報にだけ気をつけてればいい訳で。

コントロールし放題です。

前の TIME で書いてありましたが、最近は中国でも富裕層が増えてきて、

“黙って政府の言うこと聞いてろよ、

そしたら裕福にしてやるぜ?”


の理屈でおとなしく言うことを聞く人が少なくなってきているからでしょうか。

政府にとって不利になるような 「知恵」 はつけさせないようにしておこう、ということですね。

================================================

そういえば、まとめサイトで、日本の紀伊国屋書店の女子社員の採用について、

「チビ・ブス・メガネ・カッペは採用するな」

という旨の文書が過去に存在していた、という話を見ました。

紀伊國屋書店の女子採用基準「ブス、チビ、田舎出身、メガネ、バカは絶対に避けること」
http://hamusoku.com/archives/8670658.html

で、下がその採用基準なんですが、

(1) ブス、絶対に避けること。
(2) チビ、身長百四十センチ以下は全く不可。
(3) カッペ、田舎っぺ。
(4) メガネ、
(5) バカ、
(6) 弁が立つ、新聞部に属していたものはよく観察すべし。
(7) 法律に興味をもつ、前職・専攻課目・関心事に注意。
(8) 慢性の既往症、再発の怖れだけでなく、疲労し易いので不満を抱き易い。

主にこのまとめサイトでのコメントは、

「めがねっ子」 の良さが分かってねえ!!

田舎出身がなんでダメなんだ!!


みたいな感じですが(笑)、私はそれよりも、

(6) 弁が立つ、新聞部に属していたものはよく観察すべし。
(7) 法律に興味をもつ、前職・専攻・関心事に注意。

の項目の方が考えさせられるなと思いました。やっぱり人を使う側にとっては、法律の知識を持ってるような人はコントロールしにくくて、 「面倒」 なんでしょうね。

でも、むしろ 「知恵は持っとかないとダメだな」 と思わされるニュースでした。

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日本の英語教育に関する議論でも、

もう学校で英語教えなくていいじゃん。

必要な人は自分で勝手に勉強すれば。


っていう主張をする人がいますが、 「正気か!?」 ですね。

前にも 『英語が要らない日本人も英語を勉強する必要がある理由。』 という記事で理由の一つとして、 「日本語による間接的な情報統制状態を逃れるためには、国民の多数が英語ができる状態である必要がある」 ということを書きましたが、

今ですら日本は実質的に鎖国状態なんです。

「英語は必要な人だけでいい」 というのは、私は大変危ないと思います。

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posted by 英語好き at 12:09| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

思考停止に陥らないために

さて、下は茂木健一郎さんのツイッター発言です。

mogiken tweet.png

ちょっと一部の人を煽ってる感もありますが(笑)、的を射た意見ではないでしょうか。

日本の英語教育がこれまでなかなか大きく変わることがなかったのも、こういうものが背景にあったのではないかなと思います。

昔の教育方式で成功している側の人間が、

「自分はそれで成功したんだ ⇒ だから正しいはずだ」

というのが 「根底に」 あっての、

その教育方式の利点を並べる ⇒ ∴ 何も変える必要はない

出来ないやつらは努力が足りないだけだ


という主張の展開をしている人があまりに多いからです。

悲しいのは、成功した側の人にそう言われたら、成功してない側の人が何を言おうが説得力がないことですね(笑)。

しかしながら、そういう 「成功者」 の人たちは、

異なる方式の利点は 本気で 考えたでしょうか?

現行方式の欠点は 本当にない のでしょうか?


全員ではありませんが、こうした点にやや疑問の残る人も多いように見受けられます。

私の場合は、

独学を始めてから自分が選んだ方法が かなり非常識な方法 だったにも関わらず、それでも英語ができるようになった。

という経緯のおかげで、 「自分のルートが絶対ではない」 ことを理解しています。

でも、それでも、自分の経験に引っ張られてしまうこともあります (自覚アリ)。

これがもし、学校教育のような最も一般的なプロセスを経て英語ができるようになった人であれば、余計に 「既定ルートがベスト」 という思考に陥ってしまい易いでしょう。

異なる方法論でもちゃんとできるようになる、

という事実が、どうしても想像できないからです。

だから簡単に、

まずは文法を一通り勉強しないとダメだ、

簡単なものをたくさん読む 「多読」 なんて無意味だ、


とか言えてしまったりするのでしょう。

どんな方法であっても成功する人は出ます。

ですから、

成功している人がいるから問題ない、

できないやつらは努力が足りないだけだ。


と斬り捨てるのは、議論を拒否しているに過ぎません。

ここで注意するべきなのは、個々の学習者レベルの話をしているのであれば 「自分がどれだけ本気の努力をするか」 が何よりも大切なのはもちろんだということです。 私もそう思いますし、実際に 「学習者個人の話をしている時は」 そう言います。

でも、それは、個人レベルの話の時ですね。

教育システムの改善案についての議論をしている時にそれを言ってしまうと話が進まなくなります。

自分はそれで成功したけれど、

このシステムは果たして本当にベストなんだろうか?


と考えることで、初めて前へ進める可能性が出てくるのだと思います。

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posted by 英語好き at 19:54| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月19日

文法用語不要論への反論。

「学校英語」 の議論でよく攻撃の対照にされている 「文法用語」 。

ですが、私はそう簡単に

英語を喋るのにあんな文法用語なんて要らない。

だから学校英語から排除しよう。

としてしまうのは考え物だと思います。

なぜなら、学校の英語で文法用語を学習することにも確かな意義があるからです。

それは、英語に限らず、

“外国語” の学習ノウハウを一通り知っておくため

です。 ちょっと反則的でしょうか(笑)。

いやいや、俺は英語どころか外国語も一生使わねえよ!!

と言いたい方は、以前の記事をご覧下さい。。

『英語が要らない日本人も英語を勉強する必要がある理由。』
『英語不要論の落とし穴。』

さて、日本の教育に英語科目が含められてるのって、決して、

「英語ができるようになるため」 だけ

ではありません。

一応、現在 「世界語」 として最も広く使われる英語を無難な 「材料」 として使ってはいるものの、英語の学習を通して、広く 「外国語を学ぶノウハウ」 を学んでいるという側面もあります。

例えば、攻撃の的にされる事の多い 「文法用語」。

確かに英語力を身につけること だけ が目的なのであれば、ああいうメタ言語的な説明語は必ずしも 「マスト」 ではないかもしれません。

が、しかし、そういうメタ言語的な知識こそ、他の外国語を学ぶ際に転用できる知識の一つでもあるんです。

将来的に必要となる言語は、必ずしも英語ではないかも知れません。

例えば、中国語だったらどうでしょう?

中学・高校と無難に英語を勉強してきた人なら、

「とりあえず単語と文法を一通り勉強してから会話学校かな」

と、それなりの判断ができますが、

もし外国語を一切勉強したことがない人がいたとしたら、

「外国語!? どうやって勉強すんの!?」

状態になってしまうでしょう。

なので、英語に限らず、他の外国語が必要になった場合にも流用できるノウハウを一通り経験しておくことが将来の備えになるはずです。

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● 英語不要論の落とし穴。

注記: もちろん、メタ言語的側面にばかり傾倒するのもダメですけどね。英語という科目でやっている以上、四技能を含む英語力を伸ばすことがまず中心に据えられるべきです。でも、直接的に必要なもの以外は全て排除してしまえ!という意見には賛成しかねるのです。

posted by 英語好き at 17:50| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月16日

英語不要論の落とし穴。

昨今の英語教育改革論について、

英語なんて全員が要るわけじゃないし、選択科目にしたら?

という意見の人が少なからずいるように感じます。

が、こういう主張をしている人たちが見落としている (or 意図的に無視している) 落とし穴がいくつかあります。

まず一つ目。

これまでの日本では、確かに外国語が必要ない人が多数派だったかも知れません。

が、それは あくまでも 「これまで」 の話である という点です。

今から義務教育をする世代でさえも、

英語全くゼロで退職まで逃げ切れるでしょうか?

これから 15年〜50年ぐらい先の話です。

「これまではそれで大丈夫だった」 ということを、

「だからこれからも大丈夫」 という結論に持っていけるほど、

今の日本は安定しているでしょうか?


そして、二つ目。

誰が中学校や高校時点で、

俺の人生には外国語なんて全く不要だ!!

俺は一生日本語だけで生きていく!!


と言い切れるでしょうか?

スティーブジョブズの connecting the dots の話を思い出してみてください。

既に大人になって将来がほぼ確定した人が振り返って考えてみれば、

「俺の人生には英語なんて要らなかったな〜」

と言えますが、中学・高校時点でそれを 「先読み」 することは出来ないはずです。

まして、これからの未来に日本がどう変わるかは誰にも予測できません。

私自身も高校の時は数学大好きっ子でして、英語は “Let's speak English~♪” みたいなノリがもう嫌いで嫌いで仕方なかったんです。 でも、嫌々ながらも中高6年間の英語の授業を受けていたことで、卒業後に英語に興味を持って独学し始めてからも、それなりに

「あれ? これは聞いた事がある

ような気がする。。。 (おい 笑)」


という知識が少なからずありました。

英語に限らず他の科目でもそうだと思うんですが、中・高校生として勉強する時には 「そんなこと知らなくていいよ!」 と思うことであっても、将来思いがけず自分にとって役に立つことを学校では沢山学んでいるはずなんです。

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posted by 英語好き at 15:37| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月05日

英語が要らない日本人も英語を勉強する必要がある理由。

さてさて、昨今の英語教育改革の議論の中で、

そもそも日本人には英語なんて要らない人が多い、

という主張をする人もいます。

「英語を使って仕事してるのはほんの一部なんだから、

その一部の人だけ英語勉強すりゃ良いじゃん」


ということですね。

私は義務教育で英語をやることには意味があると思います。

理由はいくつかあるんですが、とりあえず今日は2つ書きます。

==================================================

1.日本語による情報統制状態を脱する

日本語しかできないというのは、 日本発の情報しか読めない ということです。

いやいや、翻訳されたニュース読めるし、

という反論もあるかも知れません。

が、日本語に翻訳された文章というのは、 日本人の都合の良いものが日本人の都合の良いようにしか翻訳されていない ことが多いです。

原本が参照できないと実際の意図がどのようであったかを確認しようがありません。

私は TIME の安倍首相の記事 の件でもこれを痛感しました。日本びいきの人は Patriot (愛国者) と題されたあの記事のタイトルだけ見て、

「 Patriot (愛国者) というのは、海外ではとても良い意味だ!!いやー、良かった良かった!」

と、思いっきり的外れな事を言っていました。で、英語ができない日本人はそれをリツイートしまくってました。実際は安倍首相に批判的な内容の記事でした。

あれ、単に英語が分かってなくてやってるんならまだしも、

分かって意図的にやってたとしたら、それに踊らされてる人マズいですよね?

日本では、中国ほどの直接的な情報統制はされていませんが、日本語しかできない国民が大多数の現状ではそもそも直接的な情報のコントロールは不要とも言えます。

こんな怖い事はないと思いませんか?

==================================================

2.異文化への理解を深める

日本ほど人種差別がひどい国はなかなかありません。

アメリカなんかの方が人種差別意識が事件として表面化していることが多いように見えますが、それは既に色々な民族の人が同じ国で一緒に住んでいるからそうなんです。問題も多いですが、一般人の他文化への理解度は日本人のそれとは比べ物にならないほど進んでいます。

日本は単にそれ以前の状態なんです。

他文化理解が始まってもいないんです。


例えば、日本での特定のアジア人に対する差別意識はもの凄いですよね。

ネットなんかでの一般人による右翼的活動なんて、攻撃されている国以外の人が見ても目を覆いたくなるような状態です。

人間の姿をした人喰い宇宙人がいるぞ!!!殺せ!!

みたいなレベルです。もうパラノイドですよ(汗)。

差別意識があんな状態のまま野放しになっているのは、そもそも日本人が海外では既に当たり前レベルの 「人種差別は卑しむべきものである」 という感覚を欠いているからではないでしょうか。

海外の人と日常的に交流する人が多くいれば、そういう人たちがストッパー役になれるはずですが、現在は機能していません。そういう人がほとんどいないからです。

そもそも日本人は、海外の人と直接交流すること自体少なすぎるんです。

海外旅行へ行っても、現地の景色を見て回って、 「わー、すごーい。きれーい」 で終わりです。 「観光」 だけで終わってしまうんです。 現地の人との交流なんて皆無です。

直接海外に行かなくても 今ならネットを通して交流する事も可能なはずですが、言葉の壁のせいでほとんど意味のあるレベルの交流がありません。

最近のテレビ番組は日本をべた褒めするものが多いようですが、

「日本人」 というだけで他の国の人より偉いなんてことないです。

また、日本の価値観が絶対に正しいということもありません。他の国のやり方が日本と違う時に、 すぐ 「日本のやり方のが正しい」 と思うべきではないです。

どちらもそれぞれの国の価値観的には正しいことが多いです。

==================================================

上記のようなことは、現状のように 「英語が必要な一部の人」 だけが分かっていても仕方ないことで、大多数の人がそういう状態にならないと国としての風潮は変わりません。

だから、英語が必要ない人も英語ができる必要があるんです。

なんか小学生の作文みたいになりましたが...

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● 【TIME】 安倍首相は日本の戦争犯罪を否定する愛国者【4月28日号】

注記: 現在 英語が世界語として使われているから英語なのであって、英語圏の白人文化に迎合している訳ではありません。

posted by 英語好き at 16:09| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月30日

英語教育改革について

久々に超アグレッシブな記事です。最近大変 controversial なトピック。

しかも超長文なので、忙しい方はパスください m(_ _)m

======================================

さて、最近あまりにも、

「素人は英語教育に対して意見すんな」

っていう、言論弾圧の空気がひどいので、

なら敢えて言おうじゃないか!!!

という気になりました。 (天邪鬼なんで 笑)

じゃ、前置きとしてまして、私は

TOEIC 990点、英検1級、IELTS 8.5、TOEFL iBT 116点

を持ってます。英語資格マニアではないです。(※ 英語力がない人は発言資格なしとか言う人もいるので一応言いました。僕はそうは思いませんが)

ではでは、本題。

======================================

1.現在の英語教育の何がダメか

はい、一言で言うと、

生徒が 「生きた言語」 としての英語力をほとんど身につけられていないこと

ですね。

私は、 「実用英語ができるようになればそれだけで良い」 なんて思っているわけではないです。

『学校の英語科目では、英語を 「生きた言語」 として学ぶだけではなく、英語学習を通して 「論理的思考力」 なども育んでいくべきである』

という主張なら分かるんです。

でも現状は 「生きた言語」 としての側面をほぼ無視してるじゃないですか。

それは流石にあかんでしょっていうことです。

日本人が英語出来なさすぎて、世界的に鎖国状態です。

中国の情報統制を笑っていられないレベルですよ?


もう一度 言いますが、 「生きた言語」 としての英語力もつけて、それと同時に 『論理的な思考力』 も養うんだっていうなら良いんです。

でも、今の英語教育の現状では、

英語科なのに、まともな英語力が養成できてない状態です。

そこは修正せんといかんでしょ
、と思います。

さて、ここでよくある反論を一つ。

「できる学生は現在の方法でもちゃんとできるようになってる。だから方法論は悪くない。悪いのはしっかり勉強しない生徒だ」

っていう反論があります。

いやいや、できる学生なんて大抵どんな方法論でもできるようになりますからね。

それは 私自身も以前に無茶苦茶な学習法を敢行して、それでも成功したことによって身をもって知りました。 「英語は英語でしか考えない!」 みたいなふざけた学習法でも、一生懸命やったら英語力はついたんです。

自主的な勉強をがっつりこなしているトップ層の生徒ができるようになっているということは、現在の教育システムが正しいという証明になりません。

日本人の平均的英語力を上げる必要があるのであれば、

「どうすればより多くの学生が英語ができるようになるのか」 が論点であるべきです。

======================================

2.「英語を話す」 ことが想像もつかない現状

先ほど、現在の英語教育では、 「生きた言語としての英語スキル」 が全く養成されていない、と言いました。

現状日本の英語教育のウエイトは、

リーディング 90%
リスニング 5% 
ライティング 5%
スピーキング 0%


っていう状態ですよね。

口では (っていうかカリキュラム上は) コミュニカティブ、コミュニカティブ言うてますが、実質費やしてる時間比はまだまだこんな感じでしょう。

これに対し、識者(?)の中には、 「リーディングさえ学校教育で一通り学習しておけば、あとは各人で必要に応じて勝手に伸ばせる。だから今のままで良い」 という感じの意見を主張する人も多いような気がします。

果たしてそうでしょうか?

日本人の多くが 「英語を話す」 というのがどういう感覚なのか、何をどう勉強すれば話せるようになるのか、さっぱり分からないまま教育を終えてます。

挙句の果てに、スピードラーニングみたいな 「魔法」 があると思って買ってしまうような人が続出したりします。

「そんなんバカなやつだけだろ」 じゃないですね。

あの 『英語上達完全マップ ― 初級からTOEIC900点レベルまでの効果的勉強法』 の著者・森沢さんでさえ、真面目に英語をやろうとして最初に買ったのが 「スピードラーニング」 っぽいです。 かなり闇は深いです。

超リーディング偏重の現在の英語教育に対して、

「後のスキルは各自で必要に応じて伸ばせる」

と言うのであれば、じゃあ、四技能のバランスを取った教育システムでも 同じことが言えるのではないですか?

リーディング 50% 
リスニング 20% 
ライティング 15%
スピーキング 15%


とかにしたと仮定して、たとえリーディングに以前ほど時間が割けなくなり、学校のカリキュラムで全文法事項をカバーできなくなったとしても、

必要な人は自分で勉強できるんじゃないですか?

むしろ 完全ノータッチで放置の技能がある方がマズい と思います。

それでは、大人になってからいざ必要になった時に 何をどう勉強したら伸ばせるのかさえ分からないですから。

もしスピーキングもある程度は学校でやるようになって、少しでも 「英語を話すための練習」 や 「英語を話す感覚」 が分かるようになれば、「ああ、なんだ、普通の地味な練習で話せるようになるもんなのか!」 と分かるはずです。クラスで英語を頑張ってる生徒が実際に英語を話せるようになっていく様子が見られることも大きいでしょう。

現状の日本では 英語ができる人は 希少動物扱い です。

あまりに少なすぎてまともな勉強法すら社会に巡っていません。

話せるようになるために一体どうしたらいいのか見当も付かない、という状態から開放されることには大きな意義があるはずです。

======================================

3.話す視点、書く視点を得られる教育

私は TOEFL iBT 系の4技能型の外部テスト導入にも賛成です。

とにかく受験でスピーキングやライティングをやる必要があれば、学生は嫌でも練習するようになります。

それによって、普段の学習に 「話す視点」、「書く視点」 が付加されるようになれば、それだけでもすごく好ましい変化です。

アウトプットの機会がないままに知識を次から次へと詰め込む従来の英語教育では、ほとんどの生徒は、 なぜそんなに色々と覚えないといけないのか分かっていない です。

一を聞いて十を知るタイプの生徒は圧倒的少数派です。

ダメな生徒だけではなく、大多数の生徒がそういう状態なのに、それを

「生徒に想像力がないから悪い」

と斬って捨てるのは、教育者失格です。

なんでもかんでも個人の努力に還元するのは根性論です。

現状多数派の生徒がそういう状態なのであれば、学習内容の必要性に気付くシステムに作り変える必要があるでしょう。

どうやったら気付けるようになるでしょう? 

適度なアウトプットの機会を設けることは一つの答えではないでしょうか?


もし、アウトプットの機会を設けることで大多数の生徒が、

「おっ、この表現スピーキングで使えそう! あ、発音も覚えとこう」とか、

「ライティングの時にスペルも大事やから覚えないとなー。。」とか

感じるようになって、最終的に、

「学校で習う学習事項に無駄なことなんて無い」

と気付くなら、それは有意義じゃないでしょうか?

インプットとアウトプットは相互補完的な関係です。 インプットだけ先に全部やってしまえば効率が良いだろ!という話ではないんです。

======================================

4.モチベーションを引き出す教育

昨日の記事でも書きましたが、成果に直結するのは方法論自体の優劣ではなく 「学習者のモチベーション (と主体的な勉強時間)」 だと思っています。

学校での英語の授業時間なんて限られています。

ならば、優先されるべきは 「とにかく文法だけでも一通り必要な知識を全て詰め込め!」 ではなく、生徒のモチベーションを最大限に引き出すシステムではないでしょうか。

勉強していることに意味が見出せれば、生徒は主体的に学びます。

『生きた言語』 としての側面を欠いた現在の 「リーディング一辺倒の英語教育」 のままでは、それを実現するのは難しいかも知れません。

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追記1: そもそも全員が英語いるわけではないっていう主張の方もいます。他の科目と比べて英語だけが「全員必要なわけではない」 こともないと思うのですが、では英語を選択性にしたと仮定して、現状の大学受験でさえ受験できる大学の選択肢がかなり狭まりますよね。さらに、将来的に英語ができる人とできない人での就職や賃金での格差があからさまに広がっていった時に、英語を勉強しなかった層はどういう反応をするんでしょうか。

追記2: 生徒個人の努力が足りないと斬り捨てるのも根性論だと思いますが、それを同じく、先生の努力不足に還元するのも根性論極まりないです。生徒・教師に関わらず、個人が頑張らないと回らないシステムや個人の技量任せのシステムは改善されるべきです。

posted by 英語好き at 08:38| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月16日

小3から英語を始めれば日本人も英語を話せるようになる、のか?

さてさて、英語が小学校3年生からに前倒しになるというニュース。

英語 小5から教科に 文科相、中教審に諮問へ
英語の学習指導要領の全面改訂について、現在は小学5、6年で実施されている 「外国語活動」 を小学3年から始める方向で制度設計を進める。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H3J_S4A111C1CC1000/

カリキュラムとして、日本人の英語力に与える影響はほぼゼロでしょう。

というのも、英語ができるようになるための能動的な努力の量 (数千時間) に対して、学校で英語の授業を受けている時間 (数百時間) なんてそもそも微小だからです。

この数百時間ぽっちの、しかも受け身で先生の話を聞いている程度の時間が少し増えたぐらいで、いきなり日本人が英語を話せるようになったりはしないです。

日本人が英語ができない根本原因は、学校の英語教育とかではなく、各個人の圧倒的なまでの努力不足です。

※単なる 『怠け』 ではなく、必要性などの問題ですが。

ただし、今回の決定を含む一連の教育改革が日本人の英語力に影響を与える可能性はあります。

なぜかというと、 政府が日本人の英語力向上に本気になってる!! という雰囲気が伝わっているからです。

そういう雰囲気が国民に伝わると、

保護者 「小3から英語か…。うちの子も英語の塾に通わせるべきかな。。。」

中学生 「小3から英語か…、僕が大学受験する頃には今よりもっと英語が重要になってくるんだろうな。英語は真面目に勉強しとくか

という反応をする人が多くなりますよね。

もちろん全員がそういう反応をするとは限りませんが、今までと比べて、英語を真面目に勉強する人が増えます。となると、全体としての平均的な英語力は上がるでしょう。

そもそも、これまで日本人が英語の習得のための努力をしてこなかったのは、英語を習得する必要性があまりなかったからなんですね。それが、今回の「小3から英語導入」など、最近の一連の英語教育改革によって、

「英語って大事なんだな」

「英語は勉強しとかないとマズいな」


という意識が高まれば、それだけでも 平均的な国民の英語力は上がる可能性があるからです。

なので、今後日本人の英語力が上がった際に、単純に

「やっぱり早いうちから英語をやったら英語力上がるんだなー」

と思うべきではないですよね。。。

むしろ、モチベーションと努力の問題です。

だって、学校任せで英語がしゃべれるようになることはありませんから!

結局は個人がどれだけ努力するかなんです!!

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危うし! 小学校英語 (文春新書)


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posted by 英語好き at 13:07| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月04日

日本で広まって欲しい英語学習の常識。

最近はネットでも英語教育改革についての議論が交わされていますね。

さて、私には

「本カリキュラムをこう変えろっ(ビシッ)」

みたいな提案は、とてもじゃないですができないです(笑)。そういうのは、もっと言語教育の研究に通じていて、実際の中高での教育経験も豊かで、バランスの取れた考え方ができる先生方がやってくれると思います。

私の提案したいとすれば、中学校や高校で英語を勉強し始める時に1週間ぐらいかけて、英語学習の常識や方法なんかについての基礎を知るためのオリエンテーションみたいなのがあったら良いんじゃないかな〜、と思うということですね。もちろん適宜やっていくっていうのでもいいんですが。

なんか、日本では英語学習に関する一般的な 『認識』 がそもそも的外れなことも多いんですよね。もちろんそういうことを普段からしっかり説明されている先生も既に多いとは思うのですが、個人個人の先生に任せちゃうのではなく、ちゃんと公教育のシステムの一環として、そういうオリエンテーションを入れるとか、まぁ、冊子を作って、それを元に各先生方で説明や実演をやってもらうとか、もうちょっと一斉にやって欲しいと感じるわけです。

さて、私がオリエンテーションに入れて欲しいと思うのは以下のようなことです。

1.間違った 『常識』 を捨てよう!

2.使える英語を身につけるための勉強法

3.英語学習にあたっての心得

長くなりますし別にこれが全部というわけでもないのですが、具体的な提案を下にだらだら書いてあります。英語学習している方には当たり前のことばかりなので、特に面白くはないと思います (= =;)

==================================================

1.間違った 『常識』 を捨てよう!

● 英語・英会話にコツなんてない

英語・英会話は、コツを覚えたら、すぐにできるようになるものではありません。地道な努力の積み重ねで、少しずつ伸びていくものです。英語を習得するためのプロセスは、単語を一つ一つ、文法を一つ一つ、自分のものにしていく長い長い道のりです。ズルをして近道することは絶対にできません。努力した分だけしか身につきません。その代わり、努力した分は身につきます。だから、安心して、努力しましょう。

● 受け身で身につく力ではありません

英語を身につけるために必要不可欠な基礎事項を、体系的に一通り教えてもらえる学校の授業に真剣に参加することは超重要です。大切な事項を一通り、無料で教えてもらえるのは、今だけです。このチャンスを逃すと、自分で莫大なお金を払って英語スクールに通ったり、自分で全て独学するかしかなくなります。

でも、先生の話を聞いているだけでは使える英語は身につきません。例えば、野球を上手くなろうとしたら、コーチに教えてもらうことも大切ですが、コーチの話を聞いているだけで野球が上達するでしょうか? 毎日自主的な走りこみをしたり、素振りをしたり、試合に積極的に参加していく必要がありますよね? 自主的な練習なしで、上達できるでしょうか? 英語は、スポーツや楽器などと同じく、「知識」の基礎の上に発達させていく 「スキル」 です (安河内先生も言ってます)。

ですから、本当に役に立つ&使えるレベルの力をつけるためには、長期間 自分で能動的な訓練を行う必要があります。学校の先生がいくら優秀なコーチでも、自分で何もしない人は絶対に伸ばすことはできません。先生は魔法使いではありません。

● 「そんなこともう知ってる」 と 「使える」 は別

言語の習得において、「聞いたことある」、「そんなの知ってる」、「それはもう分かってます」 というのはまだ全く十分にはほど遠い習得度です。少なくとも、その知識を 「自由に、自然に使える」 レベルになるまでは、マスターしたとは言えません。だから、パッと口から出るようになるまでは、気の長い 「反復」 が大切です。


2.使える英語を身につけるための勉強法

● 音読
● シャドーイング
● 暗誦
● リピーティング

などなど、これらの主な練習方法については先生に実演してもらいましょう。もちろん、他にもたくさんあると思います。辞書の引き方なんかは既に当然のように教えられていると思うので、割愛しました。で、それらの方法に「絶対的に正しいやり方」っていうものは存在しないですが、基本的な方針とか目安は示せるかなと思います。

例えば、

● 意味の理解も重視する。口の運動にしてしまわない。
● 発音もちゃんと確認する。(間違った発音で何度も練習するのはもったいない!)
● 回数は○回がベストというものはない。少なすぎても身につきにくいが、多ければ多いほど良いということでもない。適度な回数、集中して行いましょう。大切なのは自分が納得できるまでやること。力を抜いてごまかしたら、それだけの力しかつきません。
● ただし、覚えられないからと言って、意地を張って同じことを繰り返すだけでも効率が悪くなることもあります。学習には段階のようなものもあり、今の自分のレベルを超えた知識は、意地だけでカバーできるものではありません。繰り返すだけでは覚えられないのなら、どうしたら覚えられるかを考えてましょう。語源を調べてみたり、文で覚えてみたり、使ってみたり、人に聞いてみたり…、適度な忍耐は大切ですが、いい意味での臨機応変さ、柔軟さも必要です。そして、時には「これは将来の課題にしよう!」と踏ん切りをつけて、先へ進むことも大切なこともあります。


3.英語学習の心得

● 聞こうとして練習するから聞けるようになる。話すことを考えて勉強するから話せるようになる。伸ばしたい技能を意識して勉強しよう。

スピードラーニングのような何十年前の教授方針に基づいた教材が今も売られており、英語学習に詳しくない人が買ってしまうことが多いです。全くの無駄とは言いませんが、聞き流してしまっても、なかなか力は伸びません。聞けるようになりたいなら、聞こうとして聞くことが大切。同じく、話せるようになりたいなら、読んでいる時も、聞いている時も、できるだけ「自分ならこの表現を使えるだろうか?」という視点を持つことが大切。

● あまりに難しすぎる教材・方法は選ばない。「一段飛ばし」しようとすると失敗しやすくなる。着実な「成長」を積み重ねられる学習が一番。

学習に一番効果が高いのは、自分のレベルにとって、「適度に挑戦されている感覚が得られる」ぐらいのもの。ちょっとワクワクできるぐらいの難易度のもの。あまりに難しすぎると長く続けられません。(それなら、まだ簡単めの教材を使って、理解度を深めたり、理解速度を速めたり、細かい語彙・フレーズの使い方まで確認したりする方が得られることが多かったりもします)

● 完璧主義も考え物。

もちろん、できるだけ正しい文法・発音を心がけた方がいいです。でも、最初から「完璧」にできるはずがありません。間違っていても、後からいくらでも修正は効きます。最初に間違った発音を覚えたら、一生間違った発音のまま、なんてことはありません。それは、インチキ教材なんかがよく「脅し」で使う文句です。自分が間違っていることに気が付いたら、そこで変えればいいのです。間違いを恐れていたら前に進めません。

● 学習にはステージのようなものがある。

まだ自分にとって無理なレベルの知識を意地になって単純な反復だけで身につけようとしても、難しいことが多いです。そういう時は、次の再会でリベンジを果たすために、一旦将来の課題として置いておくという柔軟さも大切です。他にも学ぶべき事項・教材・方法はいくらでもあります。それは負けや逃げでなく、戦略的撤退です! 学習には適度な忍耐は必要ですが、無駄な意地を張ってもいいことはありません。

● 頑張りたい時、楽しみたい時、自分のモチベーションを生かそう!

テストなんかで頑張るしかない時もあります。でも、それ以外の時なら、今の自分が一番やりたい勉強をするのが一番自然にがんばれる方法です。モチベーションが上がる方法なら、人は普段の限界を超えるポテンシャルを発揮できることも多いです。没頭できるから、長い時間勉強しても苦になりにくい。面白いから、脳もその知識をどんどん吸収します。せっかく自由に勉強できる時期なのであれば、表面的な「効率」にこだわることが全てではないことも知っておきましょう。

● ベストな方法は人それぞれ

他の人にとって、ベストだった方法が自分にそのまま当てはまるとは限りません。人には人の、自分には自分の興味もある。レベルもまちまち。学習暦やバックグラウンドも違う。万人にとっての『至高の方法』なんてありません。自分のやりたいこと、興味のあること、必要なことなど、色々と鑑みて方法を決めて、とにかく全力投球してみましょう。

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やたら長くなってしまいましたが、少なくとも

「受け身でいたら一生身につかない」

「仕事で使えるレベルになるには数千時間は訓練が必要」

みたいな本来常識であるべきことぐらいは広まったらいいのになぁと思います。

逆にこういうことが認知されない限りは、この先学校教育がどれだけ改革されても日本人は英語ができるようにはならないですよね。。保護者の理解がないと成功しないでしょうし。。。

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posted by 英語好き at 17:15| 英語教育について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

日本の英語教育が変わる

日本の高校英語教育がパワーアップするんでしょうか。

http://www.asahi.com/national/update/1222/TKY200812220292.html


中高で習う英単語数が2200語から3000語に増えるそうです。

今回の改正でようやく義務教育で習う英単語数が中国・韓国と同じ水準に追いついたということですが、これには意外と「あれ、中国韓国ってそんなにレベル高いの?」と思った人が結構いるんじゃないでしょうか。

英語が話せないのは日本の英語教育がリーディングや文法ばかりで、英語を話す機会がないからだ、という人が多いですね。

残念ながら、そうでもないです。

日本人の大半はまだ全然文法や読み書きすら出来てないです。

特にゆとり教育カリキュラムになってからは、そこまでアウトプットの機会を増やしたわけでもないのに、学習する単語数や文法事項を減らしてしまいました。

結局そうしている間に日本人の英語力は落ちてしまったのではないか、と不安なくらいです。

昨日買い物をしていたら、韓国からの旅行者が日本人のバイトのレジの人に英語で話しかけて、日本人がおろおろしているのを楽しんでいました。

そばで見ていて…なんというか、 悔しかったですね。

「なんやったらわしが相手するよ?」 くらいな勢いでしたが、ぐっと堪えました。

実際に話す機会がなくとも、文法とライティングの力を十分につければある程度は英語を話せるようになります。もちろん会話する機会もあるに越したことはありませんけどね。場数を踏むことで、より自然なコミュニケーションの力もつきますし。

でも、学校教育では一クラスに20人〜30人以上の生徒がいる中で一人の生徒を話させるためにどれだけの時間が取れるでしょうか。

学校教育に頼り切っていては力は伸びません。

学習者個人の力を考えた時には、結局のところは、今後も 「本当に使える英語力がつくかつかないか」 はその人がどれだけ練習をしたかですね。

学校で習っていることを本当に完璧なレベルで仕上げることができれば、達人レベルの英語力にだって到達できるのですから。


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